【平成名勝負】原巨人が完敗! 24連勝右腕の気合いに東北の力が結集 楽天初の日本一!

2013年11月03日、日本シリーズ第7戦 楽天・巨人、表彰される星野監督を見つめる巨人の選手

 ◆2013年(平成25年)11月3日 日本シリーズ第7戦(Kスタ宮城)

巨人 000 000 000=0
楽天 110 100 00X=3

(巨)●杉内、沢村、内海、西村―阿部
(楽)〇美馬、則本、田中―嶋
[本]牧田1号(楽)

 

 必死に食い下がっても、原巨人に逆転の兆しは見えなかった。悲願を目前に、Kスタ宮城にわき起こる大合唱。ベンチの阿部が「あれでは勝てるものも勝てない。異常な空気だった」と振り返るほどだった。

 13年の日本シリーズ第7戦。巨人の3勝3敗で迎えた大一番だ。0―3で追う9回。前日の第6戦で160球を投げていたエース田中がコールされると、球場のボルテージは最高潮に達した。勢いよくベンチを飛び出す18番。すかさず右腕の登場曲が鳴り響いた。FUNKY MONKEY BABYSの「あとひとつ」だ。一人一人が口ずさむ。スタンド中が一体化した。「あと ひとつぶの~な~みぃ~だがぁ~♪」―。映画のワンシーンのような設定に、慎之助は「鳥肌が立った」と言う。

 この年、田中はレギュラーシーズンを開幕24連勝で勝ち抜いた。リーグ優勝、CSで2度とも胴上げ投手となり、この日本シリーズでも伝説を作ろうとしていた。第2戦から中5日で6戦目に先発。160球の熱投も、ついに今季初黒星を喫した。最終決戦となる翌日の昼過ぎ、佐藤投手コーチに「今日も(ベンチに)入ります」と伝えた。報告を受け、星野監督は「ええ加減にせえ」と即座に首を横に振った。だが本人の意思は固く、「ほんまに大丈夫か?」と何度も問いかけたという。7回裏からブルペンで投球練習を始めた。

 一方の巨人側は「今日も田中が出てくるんじゃないか」と試合前から気にしていた。特に高橋由伸は「投げると思っていたよ。投げるなら9回かなと。だってそういうタイプの選手でしょ。気持ちが強い選手だから」。前日の第6戦では、無敗のマーくんから中前へ決勝打をマーク。全3球とも強気の真っすぐ勝負に打ち勝ったが、「そう何度も打てる投手じゃない。出てきたら嫌だなとは思っていた」。

 9回。村田の中前安打などで2死一、三塁のチャンスは作った。だが、阿部は「流れを感じなかった」と言う。代打・矢野。追い込まれ、田中の外角スプリットにバットは空を切った。Kスタ宮城は歓喜の渦と化した。敗れた巨人ナインはただ、ぼう然とグラウンドを見つめた。できすぎたシナリオに、諦めも早くなった。阿部が坂本が、しばらくするとベンチから拍手を送った。巨人は40年ぶりの日本一連覇を逃した。だが、原監督は潔かった。

 「楽天は東北復興の象徴。尊敬する星野監督と日本シリーズを戦い感慨深いものはあった。全力で戦って楽天に日本一の座を譲った。心よりおめでとうございます」。

 忘れてはいけない―。2011年3月11日、東日本大震災。あれから2年半。仙台の街は復興の真っ最中だった。楽天ナインは「僕たちに出来ることは野球で元気、勇気を与えること」。ひたむきに戦ってきた。エース田中が前人未到の大記録で引っ張り、日本シリーズまで駒を進めた。戦前の下馬評では巨人有利。しかし、圧倒的な「東北の力」が結集し、巨人に重くのしかかった。

 阿部は、こう分析する。「あのシリーズは、どうやっても勝てなかったと思う」。この年を最後に、田中は海を渡ってヤンキースに移籍した。何度も名勝負を繰り広げてきた歴代の日本シリーズの中でも、また異色な、熱い夜だった。(水井 基博)

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